日本鉄リサイクル工業会の木谷謙介会長(シマブンコーポレーション社長)は2022年6月の会長就任から4年目を迎えている。就任時から工業会の活動について、四つの方向性を掲げて重点的に取り組むべき活動を明確化。また、きょう7月1日で工業会が創立50周年を迎えることを機に「鉄スクラップ」ではない新たな商品名について検討の是非も含めて考えてみることを、今年度の取り組みの一つとして会員に提案した。不適正ヤード問題に関しては自治体で屋外保管条例が広がる中、「金属盗対策法」が先月13日に国会で可決・成立。業界として全国レベルで対応が求められる。「鉄スクラップの日」に当たり、今後の工業会活動や新商品名の検討を提起した理由などを聞いた。
――昨年度の活動について。
「引き続き、以下四つの方向性で工業会活動を進めてきた。(1)全国7支部8委員会を通じた会員の現状と課題の把握(2)把握した課題の解決に向けた方策の検討と実施(3)鉄スクラップの一層の循環促進に向けての行政や関連団体等との議論・協議(4)鉄スクラップ業界の社会的認知度の向上。前者二つが対内的、後者二つが対外的な活動という位置付けだ」
「(2)における最も大きな取り組みが『適正ヤード推進委員会』。2023年から累計7回の会合を開催した。当工業会の委員や主管の経済産業省に加え、警察庁、環境省もオブザーバー参加している」
「また、警察庁は金属盗難、環境省は廃掃法との関連でそれぞれの動きも始めている。両者の検討会には当工業会が有識者やオブザーバーとして参加。業界の実態や意見を伝えているところであり、法制化や法改正に際し、当工業会の意見が反映されることを期待している。官民での情報共有が進み、法律につながる場で意見を述べられるようになったことで、不適正ヤードに対する包囲網は着実に出来上がりつつあると思う」
「一方、関東や南東北で多くの自治体が制定しているいわゆる『屋外保管条例』は、盗難防止や治安対策ではなく住民の環境保全を目的としており、事業者にとっては行き過ぎた規制やルールの検討も見受けられるようになった。そもそも不適正な事業者はルールを守ろうとしない。これに対し、適正な事業者はコストをかけてでもルールを守ろうとするため、両者の競争力に格差が生じる。これでは完全に『正直者が馬鹿を見る』形になってしまう。当工業会として『業を圧迫するような過剰なルールはやめてもらいたい』と自治体に率直に意見を表明している」
――対外的な活動としては。
「サーキュラーエコノミー(CE)実現に向けた産官学のパートナーシップ『サーキュラーパートナーズ(CPs)』に日本鉄鋼連盟の連携団体として参画しているが、昨年11月に『鉄鋼ワーキンググループ(WG)』が新設された。CEを鉄鋼の観点から見ると、現状では鉄スクラップの高度利用が最も実現しやすい選択肢だろう。国内で発生する鉄スクラップをいかにうまく活用していくか。また、遊休化している生産設備をいかに鉄源として循環させていくか。さらに海外で行われている船舶解体をいかに国内で実施するか等々。鉄スクラップの高度利用について、高炉メーカーも参加して検討していることは時代の変化と言えるだろう」
――今年度の活動について。
「運営委員会は引き続き年4回開催する。昨年度と同様に各支部・部会の会合に可能な限り本部からも出席し、各地域の生の声を聞くようにしていく方針」
「また、6月13日に国会でいわゆる『金属盗対策法』が可決・成立し、公布後1年以内に施行される。『適正ヤード推進委員会』に関しては、今後いかに実効性を上げることができるかが活動の焦点になる」
――海外団体との交流は。
「昨年秋にシンガポールで開催された欧州のリサイクル業界団体、BIR(国際リサイクリング協会)の国際会議に専務理事と参加した。BIRには米国のスクラップ業界団体であるReMA(旧ISRI)も参加しており、ReMA会長から米国訪問の提案があった。今年5月のReMAの大会には日程的に参加できなかったが、今年度中にはワシントンにある本部に初の表敬訪問を行い、情報交換を行いたいと考えている」
「昨年のBIRの国際大会で、当工業会の賛助会員に鉄鋼メーカーが加入していると説明したところ、非常に驚かれた。欧州の鉄スクラップ業界の感覚では、鉄鋼メーカーとは大きな距離感があるとのこと。また、鉄スクラップの環境価値というアピールの仕方にも強い興味をもっていただいた。我々の取り組みが海外団体の活動のヒントになり、日本の鉄リサイクル業界のプレゼンスが高まることにつながれば非常に良いことだ」
「また、米国トランプ関税の動向が世界的な関心事となる中、米国が鉄スクラップの輸出に関税や規制をかける流れがあるのかどうか。そこは我々として大きな関心事。日本も国として対応策を検討する必要があるかもしれないため、意見交換を重ねたい」
――6月5日、札幌市で開催した第35回全国大会で、「鉄スクラップ」ではない新たな商品名の検討について提案した。
「当工業会が今年創立50年の節目を迎えたからというわけではないが、『鉄スクラップ』と呼んでいる我々の商品について、新たな名称を検討することについて、是非も含めて考えてみてはどうかと提案した。理由は四つほどある」
「第一の理由はそもそも論のようなことだが、『鉄スクラップ』は発生形態に着目した呼称。『屑』を辞典で調べると『切れたり砕けたりして廃物になったもの、役に立たないもの』や『良い部分を選び取った後に残った、つまらないもの』とある。前者は老廃スクラップであり、後者は新断屑等の加工スクラップに当たる。その意味で、我々が市中から仕入れる加工前の材料は『鉄スクラップ』で構わないと思う。しかし、我々が選別・加工処理して鉄鋼メーカーへ出荷する商品は製鋼原料という極めて有用なものに変わっている。『役に立たないもの』や『つまらないもの』では決してない。自らが手塩にかけた商品を『鉄スクラップ』と呼ぶのは卑下し過ぎではないかと考えた」
「第二に、時代の移り変わりに伴う言葉の意味やイメージの変化がある。1990年代初頭までは日本は鉄スクラップ輸入国で、特に1960年代までは世界最大レベルの輸入国であり、鉄スクラップは貴重品でリサイクルが当たり前だった。高度経済成長の時代を経て、大量生産・大量消費社会が進展する過程で、一般の方々にとって「屑・スクラップ」という言葉がゴミと同義に近い否定的イメージに変わっていった。当工業会は91年に『日本鉄屑工業会』から『日本鉄リサイクル工業会』に名称変更した。当会発足10年後の85年にも名称変更の議論があったが、会員の総意として『名称変更は必要ない』との結論に至ったという。しかし、それから6年後、会員にアンケートを取ったところ、75%が『名称を変更した方が良い』と答えたそうだ。つまり、昭和から平成に移行するこの間が、会員の中でも『鉄屑』という名称にネガティブなイメージが強まった〝時代の転換点〟だったのだろう」
「第三として、世界的にスクラップという商品名を使わなくなっている動きが挙げられる。カーボンニュートラルなどの流れを受け、欧米のリサイクル業界団体はスチールスクラップという言葉を使わなくなっている。欧州では『リサイクルドスチール』や『リサイクルドマテリアル』の新名称を使い始めている。この言葉の位置付けの変化は、昨年シンガポールのBIRの国際会議で実感した。彼らの主張としては、これまでスクラップと呼んでいたものが、製鋼原料という価値のある商品であることを一般の方々に共感してもらえる新名称にしたということ。またグリーン製鉄に不可欠な素材であり、鉱山開発の抑制により環境保全にも貢献する点も強調している。加えて、昨年4月に米国のリサイクル業界団体『ISRI(Institute of Scrap Recycling Industries)』が名称を『ReMA(Recycled Materials Association)』に変更した。中国も、転炉や電気炉に投入できる水準に加工したものを『再生鋼鉄原料』という新たな国家規格で呼び始めており、通関コードでも再生鋼鉄原料が採用されている」
「最後に、今後さらに高品質な鉄源供給が求められる可能性が高いということが挙げられる。高炉メーカーが導入する大型電気炉では高機能鋼材を製造するため、そこで使用する原料には高い品質が要求される。今後は我々が出荷する商品は含有成分値まで把握することが求められるかもしれない。そこまで品質の確かな商品は、絶対にスクラップや屑と呼ばれるものではない。品質保証の付いた立派な製品と言える」
「ただ、まずは我々が出荷する商品の新たな名称を考えることの是非について、意見を聞かせてもらいたいという提案だ。一年かけて新名称検討の是非について考えていきたい。会員の多くが新名称を考えたいという結果になった場合、次のステップとして新名称の候補を挙げてもらう段階に移る」
――今年7月1日で創立50年を迎えた。
「数々の先人が会員の要望に応えつつ、積極的に工業会活動に取り組んできた結果、ここまで来られた。会員の皆さまのご支援、ご協力のたまものだ。当工業会は各支部、各委員会が非常にさまざまな活動を行っているが、いずれも会員が主体的に参加している。これは当工業会の大きな特徴だろう。当工業会の規模で会員が自主的に動いて活動している組織は珍しいと思うし、非常にありがたい。自主的な活動によって50年も団体が続いていることは本当にすごいことだと感じる」
――次世代を担う業界人へメッセージを。
「当工業会の活動に参加することで、地域や世代の異なる人たちと交流ができ、経験を積むことができる。是非、鉄リサイクル業界の次世代を担う人たちには、より広く、より多様な視点をもてるよう工業会活動に積極的に参加してもらいたい」
「特に各支部の若手組織は非常に活発に活動している。AI(人工知能)や関連法改正といった多様なテーマで勉強会が開かれており、若手同士の交流はいずれ各企業の経営にも役立つだろう。工業会全体で見ても、会員企業の経営者の代替わりが進んでいる。若手の活動が積極的なことは非常に良い動き。工業会本部としても支援していきたい」
――この先50年を見据えて。
「日本政府は2050年のカーボンニュートラルを宣言している。鉄鋼業界でのCO2削減の30年中間目標もあり、鉄鋼業界では高炉メーカーが大型電気炉の導入を打ち出すなど、鉄スクラップの重要性が高まっているのが現状だろう。カーボンニュートラルの潮流がなくならない以上、短期・中期的には上級品の鉄スクラップは需給がひっ迫し、場合によっては輸入という選択肢も浮上する可能性があるのではないか」
「50年のCN実現に向けては水素還元製鉄が見込まれる。ただ、水素還元製鉄の開発・実装をメインで考えるとしても、移行期間における鉄スクラップの重要性を考えると、鉄スクラップの確保と有効利用のための政策対応が有用であることは間違いない。仮に、水素還元製鉄の実装の遅れや断念といった事態に陥った場合にも、鉄スクラップの増使用によりある程度のCO2削減を実現できることから、2050年に向けてのサブシナリオとして、鉄スクラップの国内での確保ならびに有効利用・高度利用のための政策対応について、具体的な検討および早期の実施が必要だと考えており、現状の経産省のCPsの動きは心強い」
「試算によれば、世界の鉄鋼蓄積量は30年に400億トン、50年には600億トンになる。水素還元製鉄が実現したとしても、世界の鉄鋼蓄積量の増加を考えると、市中発生のスクラップを有効活用しない手はない」(小堀 智矢)