ミドレックスの還元鉄プラント
ミドレックスの還元鉄プラント

 今年5月20日にオンラインで開いた2024年度から3カ年の中期経営計画の進捗説明会――。勝川四志彦社長は、欧米を中心に脱炭素化の潮流に微妙な変化が生じていることに触れ、鉄鋼事業での「カーボンニュートラル(CN、温室効果ガス排出実質ゼロ)挑戦」の最大課題である「高炉から電炉への転換」について、「CNの潮流を見ながら検討していくことに変わりはないが、国内市場の縮小のスピードが想定よりも速まる可能性もあるので、2025年度中の意思決定を急がず、もう少し状況を見極めたい」と語り、投資決定のタイミングを当初想定よりも後ろ倒しする方針を示した。

 鉄鋼業の脱炭素化に向けた次世代製鉄プロセスは、既存の高炉システムを生かした水素還元製鉄法や、水素による直接還元製鉄法、大型革新電炉による高級鋼製造技術など複数のアプローチが想定されているが、競争力のある水素の確保が短期的には難しい日本において最も実用化に近いとされるのが「大型革新電炉」だ。

 国内高炉メーカーでは、JFEスチールと日本製鉄が28年度以降の実機稼働に向けて投資決定に踏み切った。こうした中で、加古川製鉄所(兵庫県加古川市)で2基の高炉を動かす神戸製鋼所の動向に関心が集まっている。

 JFE、日鉄がともに、投資決定を急いだのは、政府の「GX(グリーントランスフォーメーション)経済移行債」による支援が公表されたことに加えて、高炉更新のタイミングが迫っていたからだ。これに対し、神鋼の場合、加古川の高炉の更新時期は30年代後半。神鋼にはもともと時間的な余裕があった。仮に30年代後半での電炉転換でも「50年CN」には十分間に合う計算だ。このため投資コストの上昇など最近の傾向をみながら、慎重に投資判断できる立ち位置にある。今は「50年CN」に向け、官民プロジェクト「グリーンイノベーション(GI)基金事業」に参画しながら、技術開発に注力する方針だ。

 CNの潮流変化が起きているのは確かだが、CN実現に向けた歩みを止めるわけではない。

 現中期経営計画では、「稼ぐ力の強化/成長追求」と合わせ、引き続き「カーボンニュートラル(CN)への挑戦」を最重要課題に据えた。CNの追求は高炉メーカーにとって避けて通れない課題。神鋼もCN実現に向け、課題克服をあきらめるつもりはない。

 「50年CN」の一里塚となる神鋼の30年目標は、生産プロセスにおける二酸化炭素(CO2)排出量の13年比30~40%削減。加古川への上工程集約などですでに23年度は20%削減しており、残る10~20%については、複数のアプローチの中から適切な削減手段を選択していく方針。これに必要な投資資金として想定するのは100億~200億円。また、削減の達成にはグリーンスチールの普及も課題となっており、環境への付加価値を広く認めてもらえるよう、業界団体・政府と連携して取り組みを進めている。

 複数アプローチとして選択肢にあがっているのが(1)スクラップ活用拡大(2)高炉HBI(ホットブリケットアイアン)多配合(3)高炉でのバイオマス活用(4)再エネ活用――など。

 複線的なアプローチを選択できるのは、多くの独自技術を擁しているからだ。

 その一つが、全額出資子会社である米ミドレックスが提供する直接還元鉄プロセス。世界中で稼働しており、世界の還元鉄生産量のうち約8割(天然ガスベースの直接還元鉄)のシェアを誇る。天然ガスを還元剤とする従来のプロセスに加え、天然ガスを水素に柔軟に置き換え可能なプロセスや、100%水素を還元剤とするプロセス技術も有する。22年にスウェーデンで受注した100%水素還元タイプのプラントは、建設が進んでいる。

 加古川では22年、他社に先駆けて、既存高炉での還元鉄配合に成功。これによるCO2削減実績を基に、グリーンスチールの販売につなげた。水素活用のノウハウを持つコベルコグループは、この分野では一歩抜け出している。

 今年5月、新たなアプローチとして公表したのがバイオマスブラックペレットの活用。UBE三菱セメントとの共同事業化を視野に、検討を開始した。高炉でのバイオマス活用の一環。これが実用化されれば、原料炭からの一部転換が可能となる。移行期(トランジション)では有効なアプローチだ。

 鉄鋼事業におけるCNへの挑戦はまだ端緒についたばかり。とはいえ、技術力で定評のある神鋼の取り組みには各方面から注目が集まっている。