神戸製鋼所は現行中期経営計画(2024~26年度)の柱の一つにDX(デジタルトランスフォーメーション)を掲げ、蓄積してきた膨大なデータや人工知能(AI)を活用した業務変革に挑んでいる。中でも鉄鋼事業で大きく進化を遂げようとしているのが高炉の操業だ。
開発を進めているのが、AIが操業を高度に支援する「AI操炉」だ。加古川では、AI操炉の土台とも言える高炉の炉熱予測システムを20年夏に導入済みだ。このシステムにより、従来は熟練技能者の経験や知見が頼りだった溶銑温度の予測や炉熱調整をAIが高度に支援することに成功しており、操業の安定化を可能にした。
今後のAI操炉ではこの技術をさらに一歩進め、コークス使用量が少ない状態での高炉操業で、AIが自動的に操業の最適化を判断・対処できるよう機能の強化を目指す。
製鉄所では輸送現場も変わろうとしている。加古川では22年度に、自動運転トラックを活用した運搬技術の実証実験をUDトラックスと共同で実施。特定の条件下で車の全ての操作をシステムが担う「レベル4」の自動運転実証実験に成功した。
現場の安全対策事例でも生成AIの活用が進む。代表例が、現場の安全対策を徹底するため自社開発した災害調査報告書検索システム「過去からまなぶ」の活用だ。
長年にわたり現場で蓄積したデータをもとに、生成AIが類似の過去事例を提案する。簡単なキーワードを入力するだけで過去の事例を迅速に参照できるようになり、経験の浅い担当者でも効率的に原因を特定したり対策を検討したりすることが可能となった。
デジタル技術の活用領域は製造現場にとどまらない。ソリューションを提供する「コト売り」型の新規事業も模索し、収益基盤の強化を進めている。
建設機械事業のデジタル技術を活用したビジネスは代表例だ。連結子会社のコベルコ建機が重機の遠隔操作システム「K―DIVE(ケーダイブ)」を開発し、22年度に事業化した。
「K―DIVE」では、オペレーターはオフィス内などに設置されたコクピットからモニター画面を確認しながら重機を遠隔操作できる。現場から離れた、安全な場所から操作でき、効率化を実現。さらに操作履歴や現場状況をクラウドで管理することでノウハウの蓄積・共有も可能となり、技能継承や多様な人材活用にもつながる。従来の売り切り型ビジネスではなく、サブスクリプション(継続課金)方式で対価を得る仕組みだ。
重機の遠隔操作だけではなく、自動運転の実証実験にも挑んでいる。自動運転ショベルの実証では、これまでに機能・安全・運用面で問題なく稼働できることを確認した。今後は、自動運転ショベルの適用工種の拡大や現場での展開に向けた取り組みを一段と加速する考えだ。
DXの推進力を高めるため、デジタル人材の育成にも注力している。育成するのは、業務改革を企画・推進する「ITエバンジェリスト(ITE)」と高度なデータ分析を担う「データサイエンティスト(DS)」だ。
「各部署に1名以上のITEもしくはDSを配置する」との目標を掲げ、部署責任者の研修などを実施。各種取り組みが奏功し、24年度にはITEとDSをそれぞれ776人、160人へと拡充した。
DX推進に向けた組織風土の醸成にも余念がない。役員を含む社員一人一人がDXを自分事として取り組めるよう、〝3つのDX人材像〟を定義。それぞれの役割に応じた教育・研修制度を整えており、データを高度に活用するための知識やDX推進の重要性を深く学べる機会を創出している。
現行中計ではDX関連の投資額(意思決定ベース)を3カ年で合計600億円と設定した。また、デジタル技術を用いた新規事業創出の取り組みを強めるため、産学連携にも乗り出している。
22年に大阪大学と共同で「KOBELCO未来協働研究所」を設立。AIをはじめとする豊富な研究資源を有する阪大と手を組むことで、新事業の核となるソリューションを生み出すことを目指す。
デジタル化に関する一連の取り組みが認められ、25年には経済産業省などが選定する「デジタルトランスフォーメーション(DX)銘柄」で「DX注目企業」にも初めて選定された。鉄鋼や建設機械など各事業のデジタル技術を競争力強化に積極活用する優良企業と評価された形だ。
多角経営を強みとする神鋼。デジタル化をテコに、今後も多種多様な事業部門の特徴ある技術資産を結び付け、競争力ある新規ビジネスの創出を目指す。