宝暦4~7年(1754~57)の間に東北地方を襲った大飢饉(ききん)は天明、天保の飢饉と並ぶ大凶作が多発し多くの犠牲者が出た。特に宝暦5年は冷害と洪水が厳しく、その年の仙台藩の収穫は前年比で65%も減少した▼当時を書いた『民間備荒録』には「愚かな人たちは金銀を貯めることだけに夢中になっているが、金銀では飢えても食べることはできず、寒い時に着...