菰下鎔断(本社・大阪府貝塚市)は今月、創業90周年を迎える。きょう1日にはリーガロイヤル大阪(大阪市北区)で記念祝賀会を開催し、約600人が出席する。精密溶断のパイオニアとして走り続け「四方良し(売り手良し・買い手良し・作り手良し・世間良し)」の精神で受け継がれる90年の歴史を振り返るとともに、その歩みや今後の展望について菰下喜哉社長と、親会社のKYGホールディングス・菰下茂夫社長に聞いた。 (綾部 翔悟)
菰下鎔断は茂夫氏の父で創業者・菰下茂氏が1936年6月に国産ガス精密鎔断1号機を基に「菰下鎔断工作所」を大阪市天王寺区で立ち上げたのが始まり。茂氏は川崎重工業に3年間勤務したのち海軍に入隊。31年に見本市でドイツ製鎔断機と出会い、日本人にも扱いやすいように、現日酸TANAKAと共同で試行錯誤を重ね、国産ガス精密溶断1号機を開発した。精密溶断業という業種が存在しなかった時代に、ガス鎔断に着目して創業し、まさに精密溶断のパイオニアとして誕生した。
その後、第二次世界大戦中に、菰下鎔断工作所は海軍軍需局の指定工場となり、41年に本社を大阪市浪速区稲荷町に移転以降は陸海軍監督工場に認可された。
終戦末期の大阪大空襲では工場が被災し、地中に埋めていたガスボンベと軍から支給された厚板だけが残った。戦後、大阪市東成区東今里町に移転した。そして、旧工場で焼け野原から残った厚板を活用して、復旧・復興のためにクワやスキなどの農機具向けに溶断を手掛けた時期もあった。
52年に大阪市東成区深江中に移転し、法人化。顧客のニーズや立場に立ち、スプロケット精密切断機を考案し、歯型鎔断を始める。その後は高度成長期を迎えるとともに東大阪市などに工場を増設。特殊鋼厚板の需要増に対応し、取扱数量・取引企業数を増やしていった。
その間、タイヤ専用自動瓦斯切断機の開発や定寸多量自動ガス切断装置の特許取得、プラズマ切断機を改良した非鉄金属の精密鎔断の研究、大型アイトレーサーの導入によるさらなる高精度な型切りを実現するなど、精密溶断業のパイオニアとして確固たる地位を築きながら、業界に先駆けた技術・用途開発などの取り組みを推進した。
物流問題の解消や広大な敷地を求め、83年に現在の貝塚に本社および工場を拡張・集約移転する。その後も厚板切断に関わる新たな取り組みとして、溶断用の燃料をプロパンガスから天然ガスへの切り替えやレーザーの導入、データ管理の一元化、二次加工設備の充実を図った。並行して、新工場の新設、子会社の設立など業容を拡大しながら、現在の菰下グループの礎を築いた。
グループ全体で成長へ
菰下鎔断としての直近における大規模な設備投資は2021年に立ち上げた厚板二・三次加工拠点「ちきり工場」(大阪府岸和田市、25年4月から、ちきり事業所)。敷地面積は1万3千平方メートル、ベンディングロール、2千トンプレス機、熱処理炉、ブラスト装置、塗装ブース、各溶接機、30トンクレーンなどを設置。今後、需要増が期待される洋上風力関連や、護岸工事関連などに使用する板厚40ミリの鋼管向けの厚板を手掛ける加工拠点として、本格展開に向けた生産体制を整えている。
30年の目標売上高として300億円を掲げる。高品質な精密溶断加工を強みとし、現在では約3万トンの鋼材を在庫する能力を有する。全国屈指の鋼材在庫量を活用した短納期対応などの特徴を生かし、設備最適化と生産力強化で持続的に成長しながら、安定供給と柔軟な対応で目標に向けてまい進する。
また、顧客満足度の向上を図りながら、各事業所の生産性や老朽化対策のための設備投資も順次進めており、精密溶断のパイオニアとして菰下鎔断は成長と挑戦を継続する方針。
菰下鎔断単体だけでなく、グループ会社でも新たな事業戦略を描く。鋼管ガラス(本社・貝塚市)ではガラス鋼管を製造しているが、上工程であるガラス製造工程への進出を見据え、工業炉の設置を検討している。また、深江鎔断(本社・東成区)では隣接地を取得して工場を拡張する予定。
その他グループ会社でも経営基盤の強化、経営層の教育、設備投資を推進しながら、各グループ会社単独での成長や菰下グループとしてのシナジーの創出を含め、「四方良し」の精神を持ち、たゆまぬ努力で新たな時代を切り拓いていく。







