「父親が他界した68歳も過ぎました」と感慨を覚えつつ6度目の年男を迎える。これからも感謝と笑顔を忘れずに「爽やかな爺さんになりたいと思っています」。 2016年まで30年にわたり社長を務めた。忘れ難い出来事の一つが東日本大震災だ。初動対応を陣頭指揮し、自社拠点だけでなく顧客の復旧支援にも力を尽くした。全設備が緊急停止した当時の住金・鹿島製鉄...