最も印象に残る仕事は営業一年目の1980年代後半に約5万トンを受注した高速湾岸線多摩川・川崎沈埋トンネル工事。「ピークはD35、D38の2サイズだけで月3千~4千トンを出荷。供給責任の重さ、量の怖さを痛感し、市況が絶対ではないことを学んだ」と振り返る。 プライベートではトライアスロン大会に毎年参加。「始めた理由は趣味のサーフィンを長く続ける...