29歳の時、NKK子会社だった米国の高炉メーカー、ナショナル・スチールへ赴任。デトロイト近郊の自動車鋼板本部で日系メーカーを担当した。 NKKからはピッツバーグ本社はじめ各所へ10人ほどが赴任していたが、同本部ではただ一人の日本人。営業での派遣も初めてだった。デリバリー管理に奔走する中でコミュニケーションの大切さを学ぶとともに「日系自動車の...