2004年、所属する松本青年会議所で「スタジアムがあるこの街にJリーグのチームがあってしかるべき」と盛り上がった。そこで松本山雅に白羽の矢が立った。 06年からJ1に昇格する14年までスポンサーとして支え続け、「地元紙の企画で選手に書道で一文字を書いてもらった」と懐かしそうに微笑む。 「熱心な老若男女が集う魅力が生まれ、Jリーグ昇格時には『...