――節目を迎えて。
石田氏 まずはこれまでご支援をいただき、わが社を育てていただいた全ての取引先・関係者の方々に御礼申し上げるとともに、関東進出を決断し、浦安工場立ち上げに際し多大な苦労と努力をされた当時の経営陣はじめ先輩社員諸氏に敬意を表します。そして現役社員の日頃の社業精励に感謝し、心から労をねぎらいます。
――村上会長にとっては感慨深いでしょう。
村上氏 改めて振り返ると、何と言ってもお客さまに評価していただいたおかげ。当初から大いに期待され、その分、無茶振りもされたが、社員がよく頑張ってくれたから信頼と評価を得られた。その結果、多くの注文をいただけるようになり、何か困り事があると真っ先に相談してもらえる関係づくりができた。
石田氏 今、その流れが一段と強くなっています。お客さまが新しい取り組みをされる際、第一情報を伝えてもらい「これ、できる?」「どうすればいい?」とお問い合わせいただけるのはありがたい。
村上氏 そうした数々の要望に応えてきた社員を褒めてあげたい。
――思い出も多いかと。
村上氏 2003年秋の、繁忙期の中で起きた大型プラント事故復旧に関わる大規模突貫工事向けで生じた、工事請負先からのクレーム処理は忘れられない。クレームを出したことは猛省しつつも、その対応に1カ月間、毎晩深夜まで掛かりっきりになってくれた現場には、今でも頭が下がる。連携した商社、流通、同業とは強い絆ができ、工事を発注した元請けから感謝されたことが、何よりの救いだった。
石田氏 東日本大震災の時も大変でした。
村上氏 社員も被災者なのに、職場の復旧を優先し、事務所と現場が一丸となってお客さまへの供給責任を果たしてくれた。この二つの危機を突破し、浦安工場は随分と成長した。
――ほかには。
村上氏 ショットと一貫して造船用形鋼の加工に進出したり、ショット・サービスの経営権を譲り受けてグループ化したりしたことも思い出深い。ほかにも種々あるが、一つひとつが、今のわが社の業容拡充に寄与している。
――今後については。
村上氏 今の事業基盤を構築する過程で、わが社から率先して構想を練り、提案してパートナーを探索するといった事象はなく、全てお客さまの要望を愚直に叶えてきた結果にほかならない。まさに「頼まれ人生」がわが社の歴史であり、その走りが、関東進出だ。創業者である父・村上人司が夢見た「江戸に出る」は当時、大いなる賭けだったが、多くの理解者・協力者の支援のもとで実践した意義は大きく、そのことを心に留めながら事業を遂行していく。
石田氏 初代そして2代目世代の意志を受け継ぎ、第3世代の自分と専務の原田敦夫が舵取りしながら浦安工場のさらなる発展、ひいてはグループの成長とともにお客さま貢献度を高められるよう、さらに精進して参ります。




