昭和55年、弊社は埋立て間もない第2浦安鐵鋼団地に倉庫を移した。亡き親父が社長になった年でもある。親父は当時16になろうかという私と3つ年上の兄を連れて、まだ鋼材も置いていない、竣工式間近の倉庫を見に行った。親父は典型的な下町生まれの下町育ち。声も大きく、べらんめい調で喋る為、常に怒っている様にも聞こえた。家に遊びに来る友人が挨拶しても「お...